ワシントンポスト紙・社長キャサリン・グラハムの国家を揺るがすアンビリバボーな決断とは?ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 3月21日 動画・映画 

2018年3月21日

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奇跡体験!アンビリバボー(2018年3月21日放送)は、46歳の専業主婦キャサリン・グラハムが突然!大新聞「ワシントンポスト紙」の社長に就任し、国家を揺るがす重大な決断を迫られる奇跡が紹介されます。

キャサリン・グラハムの夫はワシントンポスト紙・社長のフィル・グラハムで、お互いワシントン・ポスト紙の記者時代に知り合い結婚しました。

しかし、フィル・グラハムが社長に就任出来たのは妻キャサリンの父親が「ワシントンポスト紙」のオーナーで、後継者として指名された経緯があり、フィルは精神的プレッシャーから自らの命を絶ってしまいました。

そんな経緯から、数年前まで専業主婦だったキャサリン女性がワシントンポスト紙・社長にする事となりました。

時は、ベトナム戦争の最中でアメリカ国内では反戦運動が激化していました。

1971年、ワシントンポスト紙は、国家を揺るがすスクープ文章を入手しました。

それは、公開すれば全員逮捕され、ワシントンポスト紙は倒産の恐れもある文章でした。

キャサリンは、報道の自由を守るか?諦めるか?という重大な決断を迫られます。

キャサリンが決断を迫られた国家を揺るがすスクープ文章とは・・・?

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キャサリン・グラハムと夫フィルとの馴れ初め

ワシントンで暮らすキャサリン・グラハムとフィル・グラハム夫婦は、お互いワシントンポスト紙の記者として知り合い結婚し、郊外で生活を送りキャサリンは専業主婦になっていました。

キャサリン・グラハムは上流階級の富裕な家庭で育ち、父親の銀行家ユージン・アイザック・マイヤーは、連邦準備制度理事会の理事や初代世界銀行総裁などに就任する程で、1933年、経営危機にあったワシントンポストを買収しました。

その縁で、キャサリンはワシントンポストに記者として入社したのでした。

1945年、ユージン・マイヤーは、女性の役割は妻であり母であることと考えられていたため、後継者として娘のキャサリンではなく、夫・フィルを指名し、フィルはワシントン・ポスト紙の社主に迎えられました。

フィルが社長になり10年が経過すると、ワシントンポストはニューズウイークを買収するなど、順調に売り上げを伸ばし大きく成長していました。

しかし、生活面では、夫婦の間にすれ違いが生まれるようになり、二人は何時しか、口論を避けるため本音で語り合わない関係になっていました。

その軋轢の理由はお互いのコンプレックスでした。

キャサリンは「自分は何も取り柄がない人間」と後ろ向きな自分を攻め、フィルは、「自分が社主でいられるのはキャサリンと結婚をしたから」とプレッシャーを感じており、アルコール依存症と躁鬱病にまで発展し、精神医学施設に入院するまでになっていました・・・。

フィルは後ろめたさから事もあろうに自分が買収したニューズウイークの女性記者と浮気し不倫関係に発展していました。

その罪悪感からか1963年猟銃で自の命を絶ちました・・・。

その為、突如てキャサリンは専業主婦からワシントンポストの社長に就任する事になったのでた。

この頃はキャサリンの父親がそうだった様に、女性の社会進出には保守的で、女性経営者の姿は殆ど無かった時代でした。

しかし元主婦のキャサリンを周囲が自分を社長として認めてくれない中、1971年、ライバル紙のニューヨーク・タイムズ紙のベトナム戦争に関するスクープ報道により、キャサリンは国家を揺るがす重大な決断を迫られることになりました!

国をも動かすことになったキャサリンの決断とは!?

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ペンタゴン・ペーパーズ暴露事件

1971年、ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国内には反戦運動が激化していました。

遡る事、1966年頃、国防総省は、戦争立案者の国防長官マクナマラの指示の元、ベトナム戦争について客観的に調査・分析する文書「合衆国・ベトナム関係、1945~67年」を作成していました。

その内容は「ベトナム戦争には勝てない」と云う衝撃的な分析がなされており、米政府が将来二度と同じ失敗を繰り返さぬ教訓とする文章で、7000枚に及ぶ膨大な資料でした。

これが現在「ペンタゴンペーパーズ」と呼ばれる文章です。

ある日、その文書が流出し、ライバル紙のニューヨーク・タイムズがこの文章の一部を入手しスッパ抜きました。

ベトナム戦争に疑問を抱く、内部告白者が文章のコピーをリークしたのでした。

その内部告発者は、ダニエル・エルズバーグでベトナムに駐在経験もある人物です。

ダニエルは、「ペンタゴン・ペーパーズ」の作成者の内の一人でした。

ワシントン・ポストは当時ワシントンのローカル新聞に過ぎず、全国紙のニューヨーク・タイムズにライバル心が有り、キャサリンと編集主幹ベン・ブラッドリーは、残りの文書を独自に入手し、全貌を公表しようと奔走し、ダニエル・エルズバーグにより入手する事に成功しました。

ベン・ブラッドリー編集主幹は、ニューヨーク・タイムズがニクソン政権の圧力で記事差し止めを受けた事を知ります。

このまま「ペンタゴン・ペーパーズ」の記事を公開すればニクソン政権の圧力で記事が揉み消されるのは間違いありません。

ニクソン大統領は一期目を終え二期目の再選をかけた大統領選が差し迫っており揉み消しに必死です。

編集部でも国家に反逆する事になる!など会議は紛糾しました。

しかし、ベン・ブラッドリー編集主幹は、主張しました。

「公開すれば全員刑務所行き、会社も潰れるだろう。

でも我々がやらなければ誰がやる?

事実と引き換えにワシントン・ポストは潰れるかもしれない。

しかし、この記事が葬られれば自由の火が消える!」

キャサリンは社長としての決断を迫られました。

政府を敵に回してまで、本当に記事にするのか?

それは、報道の自由、信念を懸けた決断でした。

そして1971年6月、キャサリンは、政府と戦う道を決断し「ペンタゴン・ペーパーズ」が公開を決断しました。

アメリカ合衆国連邦政府だとして訴訟を連邦地方裁判所に起こしたのだ。

それを知ったニクソン政権は連邦地方裁判所に「国家機密文書の情報漏洩であり、アメリカの安全を脅かす行為」として「記事差し止め」の法的手段に出ますが、ワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズは「言論の自由」を保障する憲法修正第1条に反していると申し立てを行い、1971年6月29日最高裁決定は「記事差し止め」は却下され「ペンタゴン・ペーパーズ」が公開されたのでした。

ウォーターゲート事件

「ペンタゴン・ペーパーズ」が公開されたにも関わらずニクソン大統領は再選を果たしました。

ニクソン大統領に負けた・・・と思いきや再びワシントン・ポストはスクープを入手します。

それが、1972年のウォーターゲート事件でした。

ワシントン・ポストは、ボブ・ウッドワード記者とカール・バーンスタイン記者がディープ・スロートと名乗る内部告発者からニクソン大統領がライバル陣営の民主党本部があるウォーターゲートビルで盗聴を行っている事実を突き止めスクープ。

これが致命傷となり、1974年ニクソン大統領は大統領の職を辞する事となり、翌1975年4月30日をもってアメリカ軍が撤退しサイゴン陥落、ベトナム戦争は終結しました。

キャサリンのその後

1997年にキャサリンは回顧録「Personal History(わが人生)」を出版し、1998年にピューリッツァー賞を受賞しました。

2001年7月永眠し、2002年、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領の大統領自由勲章で贈られ、全米女子殿堂入りを果たしました。

まとめ「ペンタゴン・ペーパーズ」の全貌は3本の映画で繋がっている!

「ペンタゴン・ペーパーズ」の全貌は3本の映画で繋がっています。

「ペンタゴン・ペーパーズ」は巨匠スティーヴン・スピルバーグ監督により「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書
THE PENTAGON PAPERS」のタイトルで映画化され、大女優メリル・ストリープがグラハム役、ベン・ブラッドリー編集主幹がトム・ハンクスでアカデミー賞作品賞、主演女優賞にノミネートされました。

公開は2018年3/30(金)です。

ペンタゴンペーパーズ 原作にあたるのが自伝「わが人生」で、映画公開にあたり、自伝「キャサリン・グラハム わが人生」を再構成した書籍が発売されています。

ワシントン・ポスト紙の「ペンタゴン・ペーパーズ」のスクープ後にワシントン・ポスト紙がスクープしたのが「ウォーターゲート事件」です。

この事件は、ニクソン大統領の陣営が民主党本部を盗聴したウォーターゲート事件を追求したワシントン・ポスト紙の新聞記者たちの軌跡をロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマンの主演で描く実録作「大統領の陰謀」として1976年に公開されました。

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また、「ウォーターゲート事件」の密告者ディープ・スロートの正体は、2005年5月FBI(米連邦捜査局)の元副長官マークフェルト氏が自分がディープ・スロートであるとカミングアウトしました。

ディープ・スロートの正体について解き明かされた映画「ザ・シークレットマン」が公開されました。

この映画では何故マークフェルト>氏が、ディープ・スロートと名乗り情報をリークしたか?が描かれています。

本日は最後までご覧いただきありがとうございました。

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