トレンドたまご(WBSとは無関係)

テレビ番組からトレンドを探るサイトです

アンビリバボー フロイド・シュモーハウス&原爆被災者の”広島の家”の場所!8月3日

time 2017/08/03

アンビリバボー フロイド・シュモーハウス&原爆被災者の”広島の家”の場所!8月3日
Pocket

奇跡体験!アンビリバボー(2017年8月3日放送)は、1945年8月6日に広島に投下された原爆を巡る信念を貫いたアメリカ人フロイド・シュモー氏が起こしたアンビリーバボーな行動奇跡が紹介されます。

広島県広島市の中心地から約1時間の場所ににシュモーハウスと呼ばれる元集会所が有ります。

このシュモーハウスとは、原爆投下から4年後の1949年、アメリカ人のフロイド・シュモー氏を中心としたメンバーが募金を集め建築した集会所で、原爆の被爆により家を失った家族に向け建てられた「広島の家」として建築された施設の中で、唯一現存する建物です。

「広島の家」は、1952年までに20戸(集会所を含めて21戸)が建築されました。

スポンサードリンク

広島の家とシュモーハウス


フロイド・シュモー氏(1895年~2001年、105歳で没。森林学者、自然学者)が、23歳の時、太平洋戦争が勃発し、真珠湾攻撃を受け、アメリカでは日系人の強制収容が始まりました。

そして、1945年8月6日のアメリカによる広島への原爆の投下により十数万人(12月末までに約14万人)の命が一瞬で奪われた事に憤りを感じ、原爆被災者のための為の家屋建設支援を即断し、1口1ドルの寄付を募りアメリカ全土を巡回しました。

そして、原爆投下から4年後の1949年、信頼するエメリー・アンドリウス牧師、大学講師デイジー・デイブス、小学校教諭ルース・ジェンキンズら三人と共にが広島を訪れました。

現在の広島市南区皆実(みなみ)町に「皆実町平和住宅」と呼ばれる市営住宅と同型の平屋の家屋2棟4戸を日本人ボランティアと共に完成させました。

公募した所、3,800人の応募が有りました。

その他にも江波(えば)、牛田(うした)など、1953年(昭和28年)までに15棟20戸(集会所を含めて21戸)が建築されました。

その中に1戸集会所が建設されました。

その集会所は1951年(昭和26年)に「シュモー会館」として建てられ、地域活動の拠点として活用され、広島高速3号線工事の区画にあった為、現在の場所に2012年(平成24年)移築され、「広島の家」の唯一現存する建物として広島平和記念資料館の付属展示施設として保存されています。

施設名:シュモーハウス


所在地:広島市中区江波二本松一丁目2番43号


開館時間:9:00~17:00


休館日:毎週月曜日(8月6日及び祝日は開館) 祝日の翌平日、年末年始(12月29日~1月3日)


観覧料:無料


駐車場:無し


アクセス(市内電車)「江波」行きで終点「江波」下車 徒歩約10分


アクセス(広島電鉄バス)「中電前」(広島平和記念資料館前)から「江波営業所」行きで「皿山公園下(シュモーハウス前)」下車

フロイド・シュモー氏の人格を語る上で重要なのが宗教心で、シュモー氏は熱心なクエーカー教徒です。

スポンサードリンク

クエーカー教徒(キリスト友会、キリストゆうかい)とは?

クエーカー教徒(キリスト友会、キリストゆうかい)とは、キリスト教フレンド派で、17世紀中頃、イギリスでジョージ・フォックスらにより伝道が初まり、日本にも明治時代に伝わりました。

「内なる光」、「神の種子」と呼ばれる全ての人の心の内に神の力が働いていることを信じています。

そして、キリスト友会の信仰の「証し」の特質は以下の通りです。

Ⅰ 簡素 (Simplicity)
   Ⅱ 平和 (Peace)
   Ⅲ 誠実 (Integrity)
   Ⅳ 共同体 (Community) 
   Ⅴ 平等 (Equality)
   Ⅵ 環境保全(Stewardship)

出典:キリスト友会(信仰の「証し」の特質)

クエーカー教徒であるシュモー氏は、両親から平和の大切さを教えられて育ちました。

平和活動

シュモー氏は、宗教的信条から「広島の家」以外にも平和活動を行っています。

第一次世界大戦では、良心的兵役拒否し、赤十字に参加し、フランスで救急車の運転手やポーランドの難民へ食料や衣料の配送など
第二次世界大戦では、ユダヤ人の避難の援助、強制収容所に収容されていた日系人を援助と終戦後はシアトルへ復帰してくる日系人の援助
朝鮮戦争では、被災者への援助などを行っています。

また、広島への原爆投下直後には、大統領に「ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺にも匹敵する蛮行」との抗議電報を打っています。

功績が評価され、ノーベル平和賞へ3度候補の他に、日本で、1982年春の叙勲受賞者(勲四等瑞宝章)に選ばれ、1983年に広島市から特別名誉市民の称号を贈られました。

そして、住居の有るシアトル市のシアトル・ピース・パークに広島で原爆の被曝により白血病で亡くなった佐々木禎子さんの銅像サダコ像を設置する活動設立の働きも行い、1990年8月6日にサダコ像が設置されました。

他にも、アフリカの難民への援助、中東への援助なども行いました。

まとめ

羽田空港大爆破事件については別ページに投稿いたしました。

併せてお楽しみ下さい。
本日は、最後までご覧頂き有難うございました。

スポンサードリンク

コメント

down

コメントする




日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)



楽天